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多芸は無芸

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チロに関する消えない罪とわだかまり

今まで何度か書こうと思って、途中でやめていた話。

5歳半から約一年間、北海道は檜山郡の江差町という小さな浜町に住んでいた。
私たちにあてがわれた公宅は一棟に二世帯ずつ入る木造の粗末な平屋住宅だった。便所は汲取式、床は冷たく壁は薄いこの住居に母は嘆いたが、私はご機嫌だった。家の前に広がる空き地のような広場と、裏の山を登ると線路が眼下にあり、そこらに生えてきたグミの木の実を頬張りながら電車の行き交う姿を見る事が出来たからだ。
自然に囲まれワクワクするような土地には満足だったが、悲しいこともあった。度重なる父親の転勤で幼稚園にもろくに通っていなかった私は、同年代の子供達との付き合い方がわからず、入学早々いじめられ役にまわってしまったのだ。図書室で本を読んでいると強そうな男の子グループに囲まれ、おさげを引っ張られたりお腹を蹴られたりし、そのまま物置に閉じ込められたこともあった。
極端な人見知りだったため、女の子の友達もなかなか出来ず、学校が終わると肩を浜風に晒しながら長い長い坂道を登って下って家へと急いだ。
家に帰ると唯一の友達がいたからだ。
彼は薄汚れた白い毛の短い、少しつり上がったつぶらな瞳がなんともいえず可愛い野良犬だった。もともとこの敷地に住み着いていたのか、私たちが越してきてから現れるようになったのかは定かでないが、時折何処かへ姿を消す以外は、ほとんどの時間をうちの敷地内で過ごしていた。
私たちは「チロ」と名前をつけて、エサをやり水浴びをさせ、可愛がった。
チロが体中にダニを発生させたことがあった。毛が抜け、よりいっそうみすぼらしい姿になったチロを気持ち悪がり、保健所に連れて行こうとする近所のおばさんもいたが、それを制し、すぐに獣医の元へ連れて行き、ダニを退治してもらい予防接種まで受けさせた。それほどまでに私たち家族はチロを愛していた。ペット禁止の借家だったので、正式に飼ってあげられないのが残念だったが、チロ当人は自由気ままで幸せそうだった。
毎日家の前でチロとじゃれあうのが楽しかった。夏はスーパーボールを一緒に追いかけ回し、冬は雪だらけになって転がった。雪に濡れたチロは獣臭くて、クサイクサイといいながら何度も匂いを嗅いだ。私と同じくらいの抱きごたえのある大きな体が愛おしかった。
ある日曜日の事だった。鉄棒が苦手だった私は、学校の中庭にあった鉄棒で逆上がりの練習をしようと思いつき、昼ご飯を食べた後に家を出た。学校へ向かおうとすると、トテトテとチロがついてきた。
ついてきちゃ駄目、と何度も追い払った。
学校へ連れて行った事が先生にばれたら怒られるに決まっている。なんとか追い払おうとしたがチロはしつこく後を追ってきた。
結局、学校のすぐ近くまで来てしまった。幸い、学校にはほとんど人の気配がなかった。見回したところ、先生もいないようだ。
少し安心して、ちょっとくらい大丈夫かと、中庭につながる裏の階段からついてきたチロを校内に入れてしまった。
しばらく、鉄棒の練習に打ち込んだものの、すぐに飽き、砂に絵を描いたりして遊んでいた。疲れたので帰ろうとあたりを見回すが、チロがいない。名を呼んでも姿を現さなかったので、先に学校を出たのだろうと、その日は特に気にせず家に帰った。
それから何日か過ぎ、最近チロの姿を見てないね、と話していた矢先だった。
母が怖い顔をして誰かと電話していた。
信じられない言葉が耳に飛び込んできた。チロが殺された。
私たちの知らない間にチロは保健所で殺処分されていたのだ。
突然の出来事に何が何だかわからなかった。
私が逆上がりの練習をしたあの日曜日、清掃中で開け放たれていたうさぎの小屋にチロは運悪く迷い込んでしまった。気性の荒い犬ではなかったので、恐らくじゃれ合っていたのだろう、一匹のうさぎをかみ殺してしまったらしい。それを見つけた用務員の先生が慌てて保健所に連絡し、野良犬だったチロはそのまま連行されて殺されてしまったというのだ。
チロは人懐っこかったため町内でも人気者だった。我が家で飼い犬のように面倒をみていた事も有名だったので、チロの訃報を知ったご近所さんから母のところに連絡がきたのだ。
母はショックで寝込み、私は悲しみと驚きで混乱していた。
翌朝、泣きはらした顔で布団から出ると、母は青ざめた顔で目玉焼きを焼く手を止め「チロを学校に連れて行ったあんたのせいだ」と私を責めた。
連れて行く気はなかった、追い払ったがチロが勝手についてきたのだ、と説明したが聞いてもらえなかった。
家族のように仲の良かったチロが死んでしまった悲しみと、チロの死の原因が自分であると断言されたショックで、改めて深い傷を負った。
この朝の母とのやり取りの情景は、感じた事のない絶望感とともに、恐ろしいほど鮮明に脳裏に焼き付いている。裸足に冷たい床、呑気にテレビを見ている幼い妹と、フライパンの音、卵の焼ける匂い、その煙を白く浮かび上がらせる台所の小窓から差し込む光…
事件の後すぐ、父が私達の傷を埋めるようにこっそり一匹の猫を連れて帰ってきた。新しい家族の誕生に家の中はまた穏やかになり、そうこうしている間に次の転勤が決まり、その町を離れた。

この悲劇が、母と私の間に作ったごく繊細なわだかまりはなかなか消えない。
母は未だにチロの昔話をする時は、あの時えりかが学校に連れて行かなければ、とため息をつき、私は未だに何も言えずにだただ後悔する。
何度も涙を流し、何度も何度もチロの夢を見る。

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Author:アネオErica
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